緑のそよ風のように。
大町市常盤清水地区にある株式会社ヴァンベール平出(ひらいで)は代々お米農家だった平出亨さんが、2014年に立ち上げた会社です。
農家に横文字?と疑問に思われた方もいるかもしれません。
まずは、社名の由来から。
「Vent Vert (ヴァンベール)はフランス語で“緑のそよ風”という意味です。家庭をもった若い世代をターゲットとしているので、受け入れられやすいようにと名付けました」
と、はにかむ平出さん。“緑のそよ風”にふさわしいさわやかな笑顔の持ち主です。
Vent Vert 平出が出荷している主な作物は、お米。現在、常盤地区を中心に250枚(40ha)の水田があり、半分は主食用の米、半分は酒米用の米を作っているそうです。水は、北アルプス山麓の雪解け水を含む「和田川用水路」から。
上流部に耕作地がないため、肥料成分などの混入がなく、とてもきれいで、美味しいお米が育ちます。
取材に伺ったのは、9月上旬。ちょうど酒米(美山錦)の稲刈りが行われている日でした。
大きなコンバインでみるみる間に刈り取られていく稲。コンバインは、稲穂から籾を振り分け、茎や葉など不要な部分は、裁断し、土に戻していきます。
稲刈りといえば、家族総出で汗を流し、休憩をしながら一日がかりという昔ながらの農家のイメージが、早くも覆されました。
「今刈っている稲は、午後には乾燥機にかけ、一晩乾燥させたら、籾摺りをして、午後にはトラックに乗せて出荷します」
と教えてくれた平出さん。大町の地酒「白馬錦」の酒米として、地元の造り酒屋・薄井商店に出荷されるそうです。
収穫から出荷まで24時間以内に行われるというスピード感に加え、コンバインを自由自在に操っているのは、若いお兄さん。
この会社、なんかカッコイイぞ、とわくわくしながら、さらに詳しくお話を伺うため、平出さんの事務所へと向かいました。
農業、意外といける!
社名のロゴ入りTシャツを身にまとい、農家っぽさを全く感じない平出さんは、実は、脱サラ組。14年前までは、電気メーターを作る製造業の会社に勤めていました。では、どうして農業に転向したのでしょうか?
「工場で現場仕事をしているうちはよかったんですが、だんだん管理職になってくると、人事とか、いろいろストレスも多くなって嫌になってきました。そんなとき、親父が頼まれた田んぼを“歳だからもうやり切れない”と言って断っているのをたまたま小耳にはさんで、“じゃあ俺がやろうかな”と密かに思い始めました」
それまで、農業は週末に手伝う程度で、機械の操作ぐらいは知っていたけれど、米や野菜のことはほとんどわからなかったという平出さん。40歳を機に、思い切って会社を辞め、農の道へと進みます。
「最初は、こんなにやるつもりではなく、食えるだけやって気楽に過ごそうかなと思ってました。奥さんには反対されたけど…(笑)今になれば、やって良かったなと思います」
はじめは、親や近所のおじさん達に、農業の基本を学びながら、貯金を切りくずして生計を立てていたという平出さん。
「3年目で、それなりの稼ぎを得られるようになって、4年目ぐらいからは、だんだん“いけるぞ”と思うようになってきましたね」
次第に、周辺の農家から農地を任され、経営面積とともに、売上も増えていきました。
農作業に使う田植え機やトラクターなどの機械はもちろん、米の乾燥機・精米機など、設備投資も大掛かりになりました。規模が大きくなり、一人ではきついなと感じていた頃、願ってもない幸運が訪れます。
就職して一度は家を出た息子の竜也さんが農業をやりたいと、帰って来たのです。
現在では、竜也さんの同世代の従業員2人を迎え入れ、米以外にも、玉ねぎ、ミニトマト、キャベツなどの野菜作りも行っています。
安心・安全なお米を食卓に。
ヴァンベール平出の使命(経営目的)には、「美味しくて安心・安全な米を創り続ける事、米作りを通じて環境を守る事、受託・雇用を通じて、人との関わりに責任を取り続ける事」が掲げられています。安心・安全な米を作る手法として行っているのが「有機物循環農法」。それは一体、どんな農法なのでしょうか?
「簡単に言うと、田んぼから取れた米以外のものを堆肥として土に返すことで、良い土づくりを行う農法です。化学肥料を使わず、農薬の量も減らすことができます」
例えば、もみ殻を焼いた“もみ殼くん炭”もその一つ。もみ殻くん炭や、くん炭する際に抽出されるもみ酢液には殺菌作用があります。春の土起こしの際に、稲わら、米ぬか等に加え、もみ殻くん炭を田んぼへ散布することで、質の良い、軟らかい土ができ、土の水保力や通水性が高まる効果が期待できます。そうしてできた良い土がおいしいお米を育てるのです。
雑草対策としては、毎日のキチンとした水管理で除草剤の使用頻度を減らすこと。
害虫被害対策としては、適正な時期に草刈りを行い害虫の被害を減らすこと。
「大町の気候は涼しいから、もともと農薬はそんなに使わなくても、害虫の被害は少ないんです。」
2018年からは長野県が推奨する「信州の環境にやさしい農産物認証制度」※に申請。いくつもの審査項目を難なくクリアしたヴァンベール平出は、認証農家として、長野県のお墨付きを得ました。
今後は、お米の品評会にも出品して有機物循環農法で栽培したお米のおいしさを実証していく予定です。
「食べた人は、”味が全然違う”って言ってくれますね。この春、うちのお米を気に入って長年食べてくれているお客さんが、田んぼを見たいと言って、わざわざ東京から来てくれたのは、うれしかったですね。」
※【信州の環境にやさしい農産物認証制度】
地域の一般的な栽培方法と比較して、化学肥料及び化学合成農薬を50%以上(一部30%以上)削減した方法で生産された農産物を認証する制度です。認証された農産物には、県の認証番号が入った認証票(シンボルマーク)を付けることができます。
現在、ヴァンベール平出のお米(食用米)は、通信販売のほか、主に、業者に卸して県外で販売されています。大町では、信濃大町駅近くのビストロカフェ・ミルフィーユやタカラ食堂で食べることができます。米以外には、玉ねぎや、ミニトマト、キャベツ、トウモロコシなども栽培。大町市の依頼で、市内の学校給食や、姉妹都市である東京都立川市に提供されているそうです。
最後に、平出さんに、今後の目標を伺いました。
「販売先としては、若いお母さん方にもっと知ってもらって、使ってもらいたいですね。将来的には、お店を構えて、お客様の顔を見ながらお米を販売できればと。商品も、米だけではなく、野菜の作付も増やしていきたいと思っています。米作りは結構機械だけで仕事が終わっちゃうところが多いので、もうちょっと従業員が自分で手をかけて、育てて食うっていうところも、体験させてやっていければいいなと思ってます。」
取材を終えて、この会社、“なんかカッコイイ”が、“なんてカッコイイ!”に変わり、平出さんの作ったお米をぜひ食べたくなりました。
INFORMATION
名 称 | 株式会社ヴァンベール平出 |
---|---|
住 所 | 長野県大町市常盤1618番地 |
電話番号 | 0261-22-5696 |
HP | https://ventvert-hiraide.co.jp/ |