葛温泉のはじまり。

上流部に3か所のダムがある高瀬川。その流域、七倉ダムと大町ダムの間にあるのが葛温泉(くずおんせん)です。県道326号槍ヶ岳線沿いに、3軒の湯宿が営業しています。
葛温泉の起源は古く、400年以上前のこと。凶作に嘆いた村人が食糧確保のため自然薯(山芋)を掘りに山り、そこで温泉を見つけたのが始まりと伝えられています。一帯には葛の根も多く、米や芋の代わりに葛の採取も行われたことから葛温泉と名付けられたそうです。
その湯量は豊富で、マグネシウムを多く含むことから傷の治癒に効き、明治時代には、湯治場として地域の人が集うようになりました。

「農家が夏の畑仕事を終え、農閑期に入る前に皆で疲れを癒しに来る湯治場だったようです」
そう教えてくれたのは、3軒の湯宿のうちの一つ、高瀬館のご主人、上條慶一郎さん。高瀬館の4代目の亭主として、女将、若女将とともに春夏秋冬、訪れるお客様をもてなしています。
上條さんに温泉の源泉について尋ねると、意外な答えが返ってきました。

「源泉は、高瀬川の真横の地下100m~50mの間にあります。水害で流される前は直接引いていたんですが、今はポンプアップして引いています」

苦難の歴史を経て。

それは、上條さんが生まれる前に起きた災害でした。
昭和44年(1969)8月11日、早朝から降り続いた集中豪雨は河川の急激な増水を呼び、午後になって、高瀬川、籠川、鹿島川をはじめ市内各地に大水害を引き起こしました。そして、なんと、葛温泉の3軒の旅館はもろとも流失、埋没してしまったのです。堤防決壊、土砂くずれによる水田、家屋、道路橋梁などの総被害額は21億5,600万円に達したといわれています。特に、収穫期をひかえた農家の打撃は大きく、市内の水田のうち、48,9haが流失。災害救助法が適用されました。(出典:大町市役所ホームページ)

当時はまだ3つのダムがなかったことから、一気に水が流れてしまいましたが、後にダムが完成すると河川の流量が調整されるとともに、護岸が整備され、流域の安全が確保されました。

「建物はもちろん、過去の写真や資料などすべて流されてしまいました。人命が無事だったことが不幸中の幸いです。」

その後、慶一郎さんのお祖父さんを中心に一所懸命に旅館の再建に励み、1951年、高瀬館は、以前より50mほど高い現在地に移転し、営業を再開しました。
大町市の歴史に残る水害を経ても、なお、葛温泉の源泉は枯れることなく、豊富な湯量を保っています。

温泉と水の深い関係

高瀬館で引いている源泉は2本。そのうちの一本は毎分360リットルもの湧出量を誇ります。当然、“源泉かけ流し”。
「源泉は80℃〜90℃と熱いので、加水しないと入れないんです」

では、加水する水はどこから来るのでしょうか?
葛温泉は、大町市の水道給水区域よりも上流部に位置するため、各旅館で独自に引いています。

高瀬館の水源は、「大白沢」という沢水。旅館から800mも上にあり、水源地の管理やポンプの清掃などは、上條さんが一人で担っています。
大雨の際などには水が真っ黒に濁ってしまい、温泉に入れなくなってしまうことも。水道水を使い慣れている我々からすれば、不便を感じるに違いありません。
けれど、その苦労を補って余りあるほど「沢の水はおいしい」と、上條さんは教えてくれました。

そんな、奇跡のような水の恵みを加えた高瀬館のお湯に入れば、身体が芯から温まり、湯上りの肌もしっとり。市内外から毎日通う常連さんもいます。
マグネシウム含有率高いため、飲用には適しませんが、お客さんの中には、「ウィスキーを温泉で割るとうまい」と言う人や、保湿効果があることから化粧水として利用している人など、それぞれの愉しみ方があるようです。

「傷口には一発ですね、火傷も治りやすいし、足の怪我でびっこをひいている人も、うちへ来ると、朝起きるのが楽になると言って、湯治に通っています」

沢水と、源泉を使って。

清らかな山の水と、高温の源泉の恩恵を受けているのは、浴用のお湯だけではありません。高瀬館では、源泉を調理にも生かしているそうです。
「始めは、温泉玉子ぐらいでしたが、最近では、鹿肉などのジビエや、蒸し鶏なども源泉を使って低温調理でやっています」

山に自生する山菜や、きのこも山の水の賜物。東京の割烹で7年修業を積んだ上條さんは、山菜やきのこ採りの名人でもあります。山菜も、きのこも旬にたくさん採って、塩漬けにするなどして保存し、年中お客様に提供できるようにしているそうです。
「素材はほとんどが、地のもの。時期的に難しい素材でも、長野県内のものを使うようにしています」

日常を離れ、ゆっくりと過ごす愉しみ

葛温泉は、北アルプスの裏銀座(烏帽子岳、槍ヶ岳)を縦走するような、本格的な登山ルートの拠点となる場所にあります。現役のハイカーはもちろん、昔を懐かしんで来る年配のお客さんも少なくありません。
「食堂で食事をする際に、お客様同士で“今日はこんな山に登ったんだよ”とか、“若い頃、あの山に登った”という話をしていることも多くて、他の温泉場よりも、触れ合いが多いかもしれませんね」

そんな葛温泉のおすすめの愉しみ方は、「温泉に何度も浸かって、ただただゆっくり過ごすこと」だと上條さんは言います。

「外から来た人にとっては、大町の山や川の風景も、水や野菜のおいしさも、人のやさしさも、すごいことだと思う。そういうものを感じながら、ゆっくりしてもらえればいいですね」

若い頃東京で働き、慌ただしい生活を経験した上條さん。だからこそ見える大町の良さ、葛温泉の魅力をより多くの人に知ってもらいたい。
そんな、上條さんの秘めた情熱が、温泉のようにぽかぽかと伝わってきました。

INFORMATION

名 称 葛温泉 高瀬館
住 所 大町市大字平高瀬入2118‐13
電話番号 0261-22-1446
HP http://www.takasekan.com/
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